どんなに悪条件でも毎週のように頂上へ登り続けるという風習は今でも健在だ。
6月も中旬になってしまったが、族長にコンタクトを試みると、その禁断のエリアへ快く私を招き入れてくれた。
私は、「羊蹄山の幻の雪渓でスキーがしたい。」と、交渉してみた。
族長は「山に入って15分で雪アルヨ。」と、驚愕の言葉を発した。
こんなに新緑の樹々が鬱蒼と茂っている中で、幻の雪渓が存在するなんて信じがたい。
族長と幹部が何やらゴニョゴニョと打ち合わせをしている。
イヤな予感がするが、とりあえず付いて行くことにする。
族長はニヤニヤしながらジャングルの中へ私たちを案内してくれた。
ジャングルの中は、当然のことながら登山道も何もない。
背の高い笹薮を掻き分けて行く。
族長の脚は速い。
恐ろしい程の速さでジャングルを駆け抜けて行く。
チョットでも油断をすると見失ってしまう。
15分で雪渓に辿り着けるというのは、私たちを陥れるためのウソだった。
小さく沢底に残っている残雪を指さし、「ホレ、15分で残雪アッタダロ。」
何を言っているのだ、このオッサン!
いや、こんな所で族長に逆らったら命を落としてしまうかもしれない。
完全にハメられたのだ。
こんな登山道もないジャングルに入り込んでしまっては、後戻りもできない。
少し先に進むと、雪渓が現れひと安心したのもつかの間。
我々を阻むかのように第一の滝が現れる。
ロープも無しにアバランチ族の幹部、ジドリーこと石ちゃんが藪を掻き分け横の崖を突破して行く。
やっとの思いで第一の滝を突破しても、少し進むと今度は更にデカい第二の滝が現れる。。
部族の掟は絶対だ。
入山したからには必ず頂上へ辿り着かなければならない。
どんなに困難な状況であっても崖を登り突破して行くのだ。
第二の滝を超えると、標高差800mオーバーの大雪渓が現れる。
これが、アバランチ族が神と崇める羊蹄様からのご褒美なのである。
彼らは、鬼の直登で雪渓を走る様に登って行く。
雪渓を登り詰め、外輪にようやく到着。
二つの滝を超え急登をしてきた私は、もう疲労困憊だ。
釜の中には池が出来ている。
族長が池を指さし、「アソコヘ滑ルヨ。」
意外とお茶目なオッサンだ。
必死になって登ってきた我々に対する、族長からのご褒美らしい。
池で遊んだ後は、滑っても滑っても終わる事のない標高差800mの大雪渓を滑走。
族長は、部外者の我々を禁断の秘境に導き入れてしまった無礼を、謝罪の儀式で自らの体を傷つけ、羊蹄様に詫びをいれてくれていたのだ。
何とも痛ましい。両膝と両肘が血だらけだ。
滑落したのではない、カラダを雪渓に擦りつけて謝罪の儀式を行ったのだ。
族長のおかげで我々は、羊蹄様の怒りに触れずに済んだのである。
薄暗い背丈以上の笹薮ジャングルの中を必死の思いで付いて行くと、周囲が明るくなり元の場所に戻る事が出来た。
幻の雪渓は実在した。
今回の冒険で私は泥だらけになりながらも、アバランチ族の羊蹄愛を感じることが出来た。
相変わらず言葉は通じなくとも、スキーを愛する者同士、心が通じ合えたみたいだ。
冒険の終わりは、幻の部族と感動のお別れだった。
族長は笑顔で我々を解放してくれた。